#23眼浸｜激団リジョロ

　東京某所。築二三年、木造アパート。一階中部屋、バストイレ別。家賃五万八千円、畳六帖の和室に
三帖程のキッチン。部屋にはＴＶ、ベッド、ノートパソコンを乗せたテーブル。ポストカードや写真を
貼ったコルクボードに、色褪せた壁には映画のポスター、本棚には中途半端に揃えた漫画と文庫本が並
んでいる。
一見片付けされて整然としているが、先日リサイクル業者に家具、家電を引き取って貰い広くなったら
しい。おかげで広さは感じるが多少殺風景な室内。綺麗に整頓されているせいでその有様に拍車が掛か
っている。それとも何か隠されている秘密があるのか、ぴぃんと張りつめた空気が常に漂っている。
しかし反して外の土間に続く窓はいつも開いており、空気が絶えず入り込むのだがそれは撹拌するばか
りで重苦しい空気は、まるで緑のカーテンが両手でお盆を持ち上げるみたいに舞い上がってはふわりと
下降を繰り返している。三帖のキッチンにはコンビニ袋のゴミが出し忘れたのか五、六袋積み重なって
いる。玄関の靴は出掛け様の黒の革靴に、サンダル。キッチンの水道からは時折水滴がボタッ、ボタッ
とシンクに落ち、シンクには水に浸した昨日のコップや皿がまだ洗われずに置いてある。キッチンの、
バストイレの逆側、つまりキッチンと洋室を繋ぐ壁側の角に二段式の冷蔵庫。ブーンと言う音の時折大
きくなる音。冷却は強めに設定してあるようだ。風呂の壁はタイル貼りに銀色の浴槽。横に給湯器が付
いたいわゆるバランス釜。だがよく掃除されており、目立った汚れは無いが築年数もあってか長年蓄積
したいい感じの古い風合いになっている。風呂の床には使い慣らしたすのこが敷いてあり、体を洗うタ
オルがドアに掛かっている。角にはプラスティックの三角コーナー。そこにシャンプーからボディーソ
ープ、歯ブラシもあるので普段は風呂で歯を磨いているようだ。トイレの扉は木の壁紙に小窓が付いて
おり、洋式トイレの便座には緑で合わせたサニタリーグッズで統一されている。玄関のドアを開けて右
側、キッチンの裏に当たる部分には洗濯機が置いてある。粉洗剤が他の方もどうぞ使って下さいと置い
てある。洗濯はこまめにするせいか、外置きの割には比較的きれいだ。ざっと説明すると、ありふれた、
いや、そう見える津川守の部屋がそれだ。彼はこの部屋には思い入れは無い。
ただ部屋をも押し倒さんばかりの思慮・思索・思考はこの部屋中を駆け回り、この部屋の単純はそれを
あえて知らん振りしているようである。窓はその津川守の情念で部屋が埋まらない様に常に開放してい
る訳ではない、それは何か、来るべき何かなのか、それとも向かうべくの準備なのか、あるいは夜の孤
独を感じさせない外の喧騒を常に感じていたいからなのか。その窓は、いつからか、常に、一日中開け
てある。雨の日も侵入してくる多量の滴を食い止めながら、猛暑の夏もそれ以上にエアコンと扇風機を
それ以上に回しながら、やはり閉める事はなかった。例外として、雷の落ちた時は閉めたらしい。
津川守が雷を嫌ったからだ。それ以上に有り得ないからだ。津川守を訪ねて来る何かの可能性がだ。
彼はこの部屋に住んでもう十年にもなる。

この物語の主人公、津川守は自分に翼があればと思わなかった事はひと時をして、無い。
しかし例外が一つ。唯一窓を閉めた日があった。
それは、たった一度だけこの部屋に女性が来た一日だけであった・・・・・